以前、京都の地で和蝋燭のお店を営まれている中村ローソク様と共同で蝋燭型の試作にトライしたことがありました。
残念ながら実際のお仕事で使っていただくまでのモノには仕上げることができなかったのですが、その活動の中で得られた技術データがなかなか面白く、一度記録に残しておこうと思い立ちました。
和蝋燭は溶けた蝋を木型の中に流し込んで固めて取り出すのですが、この木型、実は水を含浸させたものを使っています。
最初に工房にお伺いした時に製造工程も見せてもらいましたが、木型は乾燥厳禁らしく蝋を流し込む直前まで水に漬けたまま管理されていました。
正直これにはかなりビックリしました。建築資材として使うのだって工作の素材として使うのだって、薪として燃やすのだって「木は乾燥している方がいい」というイメージでしたから。十数年じっくり乾燥させて狂いのない木材を使って作っています、というようなシチュエーションは良く見聞きするのではないでしょうか。
「木型に含まれている水分がある重要な機能を持ち、蝋燭の成型品質向上に大きく寄与している」
これは初めて知る事実でした。
さて、それでは木型に含まれる水にどのような機能があるのでしょうか。
離型性の確保
これは蝋燭だけではなく、およそ型を使って成型する製品はどれでもそうだと思うのですが、型から品物を取り出す際の抵抗や引っ掛かりを低減するというのは非常に重要な技術的課題となっています。生産性や成型品の品質に直結するからですね。
水を含浸させた木型はこの離型性が非常に良好です。他の素材も色々トライしたのですが、水を含浸させた木型とは比べ物になりません。水+木型が桁違いに離型しやすかったですね。
下の写真は左からケミカルウッド、ポリアセタール、アルミで作った簡易の蝋燭型です。ケミカルウッドとポリアセタールは使い物にならず、アルミは比較的良好ですがまだ少し引っ掛かりが残る感じとなりました。
考えてみると蝋=ワックスは水をはじくわけで、この性質が天然の離型剤として働いたということなのでしょう。
ケミカルウッドでもプラスチックでも金属でも切削すると表面に細かな凹凸が残るはずです。そこに溶けた蝋が流れ込んで冷えて固まり蝋燭と型が無数の突起で結ばれてしまう。ここに水が介在することで溶けた蝋が型表面の微細な穴に入り込むのを防ぐのだと想像しています。
良好な冷却
溶けた蝋燭が型内でどのように冷えて固まっていくか、実際に熱電対を設置して温度変化を採ってみました。アルミと含水させた木型(桜材)の2種類の比較を行っています。
流し込んだ蝋の温度は100℃、使った蝋の融点は約38℃、凝固完了まで約4分半という結果になっています。
ここで注目すべきは次の3点かなと思います。
アルミの方が急速に冷える
凝固完了までの時間はほぼ同じ
凝固後は木型の方が速く冷える
生産性を考えると速く冷えるのに越したことはありません。ですがあまり急速に冷却すると成型品の外側だけが冷え中心部はまだ熱いという状態になりがちです。これが樹脂成型品ですと「ヒケ」という成型不良になるのですが、蝋燭の場合は「ひび割れ」に繋がってしまいます。
このグラフからするとアルミに対して含水した木型の方は凝固終了まではゆっくり固まって、それ以降は素早く冷えてくれるということになります。
(※パラメータを振った実験はしていませんので一般的にこうだというところまでは拡張はできませんが、、、)
ひび割れの少ない蝋燭を素早く作れるの可能性があるのが含水した木型と言えるかもしれません。
職人は良く知っている
一連の活動を通じて思ったのは、職人さんの持つ経験知識は半端ではないものがあるということです。水に漬けた木型を使うと上手く蝋燭を成型できて、かつ相当程度の型寿命もある。こういう事実を知っていて実際使える形で運用している。それが素直に凄いことだと感じました。
「彼らは正解を知っている」
職人さんに接するときは常にこれを心にとめておきたいものです。
木型の件、また続きを書くつもりでいます。しばらくお待ちください。
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